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低廉譲渡と負動産

売却のあれこれ


低廉譲渡、という言葉があります。
「市場価格より著しく安い価格で売ること」です。

たとえば昨今、負動産という言葉が浸透しています。
田舎の使わない実家なんか、はっきり言って不要ですよね。
あなたにとって、その実家は0円なのかもしれません。
「何でもいいから処分したい」
だからといって1円で売却したりすると、
「市場価格より著しく安い」可能性があります。
これが低廉譲渡の一例です。

相続税法第7条
著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があつた時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があつた時における当該財産の時価(当該財産の評価について第三章に特別の定めがある場合には、その規定により評価した価額)との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす


これが根拠条文。
「100万円のものを1万円で譲渡された場合、
差額99万円は贈与されたものとみなす」
というわけです。


よく巷で言われるのは
「親族間売買は気を付けた方がいい」ということ。
たとえば親の土地を子供に譲ったとします。
どうせ相続するから一緒じゃないか、と思って、
時価1000万円の土地を100万円で子に売りました。
よくありそうな話です。

贈与税は相続税法のなかで規定されています。
第7条の規定は、けっきょく「相続税逃れを許すな」という趣旨です。
親から子へ財産を移転すれば、親の財産は少なくなります。
すると親の相続時、相続財産に課税される相続税も少なくなります。
これを意図的に行うのが「相続税逃れ」。
まさに上記の土地売買が当てはまりますね。

これが税務当局に指摘されると、

時価の1000万円-売買価格100万円=差額900万円

この差額に対して贈与税が賦課されます。
本税だけで147万円の追徴課税です。


「親子間売買」ではなく「第三者間の売買」ならどうなのか。
相続税と関係ない第三者間の売買だからいいじゃないか、
と思うのですが、これもダメだ、ということになっています。

悩ましいのは「すぐに換金したい」というケース。
「1000万円で売れるかもしれないけど、
どうしても今100万円必要」などという場合。

たとえば、半年かけてじっくり売れば
1000万円で買い手がいそうな土地があったとします。
しかし、売主は「明日お金が必要だ」と言い出しました。
「すぐ金を用意しろ」と言われると不動産業者も困ります。
安いといっても、埋設物もわからないし、
きちんと調査もしてないし、近隣のこともわからない。
不透明な要素が多いです。

不動産業者の買取価格は、一般販売の価格より下がります。
利益を考慮する必要があるからです。
時価1000万円の土地を「明日買い取れ」と言われると、
たぶん400~500万円くらいになるのではないでしょうか。
昔からの古い土地は何があるかわかりませんし、
リスクが高ければ高いほど、それは価格に反映せざるを得ません。

お金に困ってかわいそうだ、助けてあげようと思って
リスク承知で買い取ったら、
500万円の贈与認定で53万円支払え、と言われる。
たまったものではありません。


この手の話で有名なのはさいたま地裁平成17年1月12日判決です。
裁判所の判断として、以下のような文章があります。

相続税法7条は著しく低い対価によって財産の取得が行われ、その担税力が増加したと認める状況があればよく、「財産の譲渡を受けた者」が相続予定者等の譲渡人と親族関係にあることを要せず、財産又は対価と時点の差額分を無償で譲り受ける意思や租税回避目的も要しないものと解すべきである。


親族間だろうが第三者だろうが関係ない。
「著しく安く買ったやつがいる」
「ということは儲かったはずだ」
「だから税金支払え」
という、ただそれだけの理屈です。

この説は現在でも踏襲されているようです。
一見、理屈はわからなくもありません。
問題は「適正な時価とは何か」というところです。

たとえば田舎の実家(土地50坪、築50年の木造2階建て)があったとします。
令和の現代では衰退した地域で、擁壁なんかも付いていたりして。
微妙に傾いていたり、雨漏りしていたり。
市場価格がもはや0円じゃないか、みたいな戸建ありますよね。
けれど、意外と固定資産税評価額は300万円くらい。
不動産鑑定士にお願いして鑑定評価すると、
400万円の評価が出るかもしれません。
じゃあ、この不動産を10万円で引き取ってあげた買主は、
差額390万円ぶんの贈与税を課されるのか。

このような取引から戸建投資を始める人は多いです。
売主は草の管理もできないし解体するお金も無いし、ただ不要なだけ。
買主が頑張ってリフォームして時間とお金を投資すれば、何とか貸せる。
お互いにとってWINWINなのですが、
表面上の事象だけ見れば、低廉譲渡に該当するため、
贈与税の課税対象になるのかもしれません。


なんでこんな事例を取り上げているかというと、
今回の裁判例(さいたま地裁平成17年1月12日判決)、
これ、お近く鶴ヶ島市の話なのです。

※裁判例集のURLは以下
//www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail5?id=14939

少し調べてみましたが、
一本松(鶴ヶ島市大字下新田)の区画整理地だと思われます。
一本松の区画整理は平成4年に始まりましたが、
おそらく、それなりに揉めたんでしょう、
令和6年の現在で、やっと確認測量が終わりそうなところ。
30年以上かかった区画整理です。
勝手な想像ですが、長年かけて、世代交代があったりして、
バブルが過ぎて地価も下がって、
徐々に地主が折れていったのだと思います。
現在は綺麗な街並みになり、
一般的には坪20~30万円くらいで売れるような地域です。


裁判例のもとになった事件(本件売買)が行われたのは平成8年。
バブル後の地価下落局面での話です。当時の資料がありませんが、
ひとまず原告(低額売買して贈与税を課された人)の言い分によると、
以下のような経緯です。

「この地域は区画整理地に指定されたが、適正な予算が付いておらず、
仮換地の指定すらできていない状態で、まったく見通しが立たない。
現状のままでは土地で建物が建築できないし、業者も買い取ってくれない。
そんな折、とある父(土地所有者)と妻が入院し、
医療費に困った息子が、顔見知りの市議会議員(=原告)に
"土地の買い手を探して欲しい"と頼んだ。
市議会議員は知り合いの分譲業者いくつかに土地購入を打診したが断られた。
そこで、まぁ将来の資産だと思えばいいか、ということで
市議会議員は"まったく使えない土地"を1500万円で購入した。」

ということです。
本物件は一本松駅から徒歩8分、4m市道に間口30m接しており、
276坪と広大な土地です。平成4年から区画整理地に指定されています。

区画整理事業とは、

「ごちゃごちゃした地域」
土地所有者みんなで協力
「キレイに道路整備された地域」

というように整備していく活動のこと。
完成すると、碁盤の目のように綺麗な地域一帯ができあがります。
一方、整備のために居住者の家を取り壊す必要があったりして、
地権者の反対が多く、実現しないこともあります

判決文の中で、国税庁サイドによる
土地価格の鑑定評価が出てきます。
区画整理地に指定されたばかりの土地は、
実際の取引事例が無く、時価の把握が難しそうです。
本判決文では

①区画整理地でなかった時の通常の価格を算出する
②土地が自由に使えるようになるまでの期間を割り引く

という手法で土地評価を行っています。
国税庁側の主張によると、

①この土地が普通の土地だったら1億円です
②だいたい18年後には使えるようになると思うので、
そのぶんを差し引くと7655万円です

という評価になりました。

尚、私が皮算用で計算してみると、
平成14年の取引事例が坪30万円くらいで、
地価公示価格から推測すると、平成8年は坪45万円くらいが相場。
広大地補正したとしても1億円くらい。
すると「普通の土地だったら1億円」という主張は理解できます。

売買された平成8年当時、
この地域は区画整理事業が始まったばかり。
仮換地(新しくキレイになった土地)が指定されていない本物件は、
"極力建築するのは控えてください"とされています。
この裁判が起こった平成16年時点でも
仮換地指定されず、「何もできない土地」のまま。

「何もできない土地の価格」は、市場価値として曖昧です。
将来、高値で売れるかもしれない。
けど、いつ高値で売れるかわからない。
利回り不明の投資案件です。
株式みたいに小分けで購入できない「一発何千万円」の現金投資。
果たして、誰が買いますか?
結局「この物件がいくらなのか」というのは、
当時ですら曖昧だったと思われます。


区画整理に30年かかるのは少々珍しいです。
区画整理当初、複数の地主が反対していたのでしょう。
東松山でも同様のことはありました。
50年かけて折り合いがつかず、
区画整理事業が廃止された地域があります。

平成8年。時期はバブル崩壊後。
"土地は値上がりし続ける"という「土地神話」を背景に、
融資で土地購入しまくった不動産業者が、
バブル崩壊に伴う地価下落に遭遇し、相次いで倒産していた時期です。
銀行は土地購入のための融資を控えていたはず。
分譲業者も買い控えする時期だったでしょう。

仮に、不動産業者が本物件を購入してもすぐには転売できず、
数年~数十年寝かせることになるわけです。
実際、業者買取は難しいはずです。
「何もできない土地」は一般販売しても売れません。
だって何もできないわけですから。
とりあえず駐車場にするといったって、原告の主張通り
現金で出せるのは1500万円とか2000万円だとも思います。

すると、市議会議員のストーリー、つまり
「"何もできない土地"を持っている地主が、
金に困って市議会議員に泣きついたところ、
"安い金額なら出せるから"とでも思って購入してあげた」
というストーリーにも信憑性があります。
"儲かるかも"という下心はあったでしょうが、
これを贈与認定されるのは、
実務側の人間から見ると、少し引っかかるところがあります。


裁判では「この土地をまともに販売していた証拠が無い」と言われています。
不動産会社は仲介に入っていなかったのでしょう。
しかし一方で、平成8年頃の不動産販売ってどんなもんよ?という話。
平成8年なんて、まだまだFAX全盛時代。
インターネットによる物件検索システムが広まるのは平成14年くらいです。
平成8年だと、物件情報は手配りされるマイソク(販売図面)頼り。
紙とFAXと電話の時代です。宣伝といえば新聞広告とチラシ。
「広く市場に流通」させるといっても、今の風景とは全く異なります。
そこにきて"なにもできない売地"です。
正直、不動産業者がやりたがらないかもしれません。
売りにくそうだし、法的にも面倒だし。
「地元の金持ちが買ってあげる」というのは、
当時の時代性を考慮すると、仕方なかったようにも思えてきます。


この裁判(平成17年1月12日贈与税決定処分等取消請求事件)、
低廉譲渡が贈与税課税となる根拠のひとつとして、よく引用されます。
しかし実際は
「市議会議員が課された平成8年分
贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定を一部取り消す。」
という判決です。
どちらかといえば市議会議員が勝った判決なのです。

国税庁は、本土地の平成8年時価を7090万円とし、
売買代金1500万円との差額に対し
贈与税3004万円を賦課する処分を言い渡していました。

裁判の結果、裁判所は当時の時価を4513万円と判定し、
贈与税額(本税)を1381万円と決定処分しています。


要するに、「"何もできない土地"を1500万円で買った」
という事実に対して、

国税庁「本当は7000万円くらいやん。やりすぎや、税金よこせ」

市議会議員「いやいや何もできない土地ですやん。

せいぜい1500万~2000万円ですわ」

さいたま地裁「7000万円は無いわ。
とはいえ1500~2000万円にする根拠も薄いねん。
計算上は4500万円くらいになってまうんよなあ。堪忍してな」


こんな顛末の裁判です。
そして私が予備知識なくこの裁判例を読むと
「リアルに1500~2000万円くらいだったんじゃね?」
と思ってしまいます。

※当時をご存じの方いたら教えてください

実際、鑑定評価や固定資産税評価額など"公的な価格"と
"リアルに売れる金額"が大きく乖離するケースは多いです。
都心に行けば行くほど上振れし、
地方・田舎に行くほど下振れします。

特に地方に行くと、不動産市場のプレイヤーが激減します
すると、需要と供給による価格均衡は起こりにくく、
ケースバイケースで価格は大きく下振れ・上振れします

また廃屋・ガケ・樹木・廃棄物などの不利要素があれば、
そもそも投資合理性が無く、市場価値がゼロとなります。
このとき"公的価格"は数十万~数百万円のプラス財産として評価されますが、
売るためにかかる費用(解体・擁壁・伐採・撤去処分)を考慮すると、
もはや市場価格は「マイナス〇〇万円」となります。

課税側のある意味"机上の空論"と、
不動産取引市場のリアルは異なる、というわけです。


不動産会社にとっても他人事ではありません。
不動産会社が物件を買い取るのは、
結局、市場価格より安い金額で仕入れて利益を乗せて売る、という行動です。
買取価格は時価より低くなります。
これが全て贈与認定されても困ります。
「いやいや業者買取は別だよ」
と言われるかもしれませんが、
一般販売の時価と買取の時価が2つあるのはおかしいです
"時価"が2つあることを認める根拠法令はあるのでしょうか。

※限定価格、という理屈も認めがたいです。
業者買取価格については不動産業者が、隣地所有者の購入希望を売主に隠したまま、
不動産業者が買取・即転売して儲けを抜いた、という裁判例があります。
信義誠実性に欠ける、ということで宅建業法上の違反とされた事例ですが
せいぜいその程度の事例しかないように思います。


時価とは市場で取引されうる通常の価格であり、
それはひとつに定まるものと考えられています。
つまり"不動産には時価(プラスの価額)が必ず存在する"という
前提のもと定義されています。
すると「何もできない土地」だとか「マイナスの価値の不動産」というのは、
そもそも"時価"という概念にそぐわないのです。
そのため課税実務と取引市場では、まったく違う結果が出てきます。

本事例でもある通り、最終的に勝つのは課税側です
本当の本当に、リアルの取引市場でも
1500~2000万円だった可能性はありますが、
結局、市議会議員は本税1381万円無申告加算税207万円を課されました。


「リアルはこうだから」は通用しません。
同じように
「少額だから」「今まで大丈夫だったから」
「知り合いは大丈夫だったから」
「税理士が大丈夫だって言うから」
「ネットに書いてあったから」
これらは全て通じません。君子危うきに近寄らず。
不動産取引は安全第一。
"相応の税金が発生する可能性"を十分意識して
取引するようにしましょう。

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