不動産と詐欺の話
最近「地面師たち」というドラマが流行っています。
原作は新庄耕という人で、経済ノンフィクション的な
作風が不動産クラスタでは有名な作家です。
「地面師たち」も面白いですが、
不動産営業にとっては「狭小住宅」の方が面白いです。おすすめ。
「地面師たち」は某積水ハウスがなりすまし詐欺にあった事件をモデルにしており、
主犯格(内田マ〇クやカミン〇カス操)はその界隈の大物だったようです。
現在、詐欺グループは逮捕され、主犯格に実刑11年の懲役が言い渡されています。
彼らは他にも複数の地面師詐欺事件に関与しているとのこと。
"地面師"は都心のマンション用地など、高額物件を狙います。
不動産の所有者になりすまし、
あたかも売主本人のようにふるまって
買主となる個人や法人から金を騙し取る手法です。
不動産を売買する際、
「手付金」「残代金」「中間金」など、
いくつか金銭の支払いが生じます。
通常は、手付金と残代金の2回払いです。
冒頭の積水事件では土地の売買価格が70億円。
手付金だけでも14億円が支払われています。
一方、地方郊外では不動産価格が安いですから、
必然、やりとりする金額も少なくなります。
400万円の不動産なら契約時の手付金は20万とか30万円程度。
残りの380万円は残代金として、不動産の引渡し時に支払います。
このとき、支払いと同時に所有権移転登記を行うため、
司法書士が手続きに同席しています。
司法書士は売主と買主それぞれの必要書類を確認して、
登記申請書に署名捺印をもらいます。
ここで売主が本人かどうか確認しますから、
なりすました詐欺師が380万円を持ち逃げするのは難しいです。
博打を打つにしても380万円では割に合わないでしょう。
やはり詐欺は、高額不動産を扱う際に行われます。
地面師詐欺では、犯罪者たちはターゲットとなる不動産として、
都心の空き地や不活用地、所有者が地元にいない土地に目をつけます。
ちょうどよい物件を見つけたら、その土地の所有者になりすまします。
このニセ所有者は、
手始めに零細不動産業者を買主とし、土地を買い取らせる契約を結びます。
そして、この不動産業者(中間業者)が不動産の売主として振舞います。
つまり、
ニセの売主⇒(中間業者)⇒買主
という構図です。
ニセの売主と中間業者は土地の売買契約を結んでいますので、
中間業者は金を騙し取られる買主に対しては、
土地の売主として振舞います。
で、ニセの売主と中間業者はグルです。
ほぼ間違いなく共謀しているはずなのですが、
事件が露見しても「私も騙された被害者なんだ」と言い張ります。
中間にプロの業者を噛ませることで、
ニセの売主個人が表に出ないようにしているわけです。
さて、数十億円を中間業者に振込んだ某積水さんですが、
所有権移転登記をするため司法書士が法務局に書類を持ち込み、
法務局で書類を照合したところ
"印鑑証明書と実印の印影が異なる"
"書類がニセモノ" などと判明したところで犯罪が発覚しました。
※積水事件の場合、
真正の土地所有者が"おたく騙されてますよ"と内容証明郵便を送っていたり、
積水の担当者が警察に呼び出されたりと、
そもそも怪しい取引だったようです。
内部共犯説も囁かれたりしていました。
不動産取引の現場では、売買の一番最後、
引渡しのときに大金がやり取りされます。
大金をやり取りするわけですから、
本人たちの意思が確かかどうか確認する必要があります。
そこで大金をやり取りする前に
「本当に売るの大丈夫?」「本当に買うの大丈夫?」
「そもそもあなた売主本人?」
と確認するのが、いわゆる本人確認と呼ばれるもの。
この本人確認は司法書士と呼ばれる士業の先生が行います。
司法書士は登記の専門家で、不動産登記・商業登記が専門分野です。
相続や家族信託など家族法関係を仕事にしている先生、
少額訴訟を仕事にしている先生、成年後見を専門にしている先生などがいますが、
一般的には登記の専門家という理解でいいでしょう。
ところで質問なのですが、
あなたがあなただと証明する方法はありますか?
運転免許証と顔写真が一致するから本人?
印鑑証明書と実印があるから本人?
不動産の権利証を持っているから本人?
健康保険証・年金手帳・マイナンバーカード・印鑑証明書…
いろいろ本人確認書類はありますが、
すべてアナログですよね。ぜんぶ偽造できそうな気もします。
不動産売買において、売主に対する本人確認はアナログです。
司法書士が本人確認を行う際、
"本人確認"として行われる作業は簡素なものです。
①身分証明書(顔写真付きなら1点、顔写真無しなら2点)を確認
②権利証(登記識別情報通知)と印鑑証明書・実印を確認
これで確認OK。以上です。
本人確認ができたら、司法書士は印鑑証明書を受け取り、
実印と印鑑証明書の印影が同じものかどうか、
現場で確認します。機械を使って確認するのではなく、
司法書士が照らし合わせて確認するだけです。
要するにこれらすべて手作業で行うアナログな作業です。
昨今は3Dプリンターを使った偽造印鑑もできてしまうし、
書類の偽造も精巧なものです。
実際、積水事件では
身分証=偽造
実印=偽造
印鑑証明書=偽造
権利証=偽造
と、すべて偽造された書類が使われました。
ニセの権利証は古く見えるように加工されたものだったらしく、
いかにも本物らしく見えたそうな。
また身分証に書いてある生年月日は
印鑑証明書に記載された日付と異なっていたそうですが、
関与した司法書士は気づかず残代金の支払いを了承しています。
結局、司法書士は犯罪の専門家ではないし、
本人同一性を確認する特別なメソッドもありません。
犯罪者が本気で騙しにかかれば、一般人と同じように騙されてしまいます。
弁護士だろうが不動産業者だろうが一緒です。結局、犯罪には弱い。
たとえば不動産の所有者が今ここにいるとして、
"自分が所有者だ、間違いなく本人だ"と証明するのは
けっこう厄介な話です。
不動産の登記簿を見れば
「所有者 東松山市〇〇町1丁目2番3号 相沢うえ男」
などと記載されています。
司法書士が頼る情報は、この住所と氏名だけです。
運転免許証を持っていて印鑑証明書と実印があって、
だから本人だと言われた時、何か反論できるでしょうか?
精巧な偽造書類を見せられ「確かに私が相沢です」と言われた時
「でもあなたが相沢さんかどうかは疑わしいですね」
と正面から言える人、どれだけいるのでしょうか?
不動産取引というのは、
ドラマのように数千万~数十億円が動くこともあります。
そこで、ただでさえ気難しい売主のご機嫌を損ねようものなら、
数億の取引が、司法書士のせいでご破算になりかねません。
不動産の売主というのは取引の現場では一番偉いのです。
売主が嫌だといえば、それで取引が全て無くなります。
売主は、あなたに買ってもらわなくたっていいのです。
どうせ他の誰かが買ってくれます。誰でもいいのです。
価値の高い不動産とはそういうものです。
売主は資産家であり、ステークホルダーであり、
主導権を握るものであり、不動産取引の主人公なのです。
買主にとってその物件は世界に一つ。オンリーワンです。
なんとか手に入れたい。やっと口説いた売主。
機嫌を損ねず取引を成立させたい。
司法書士や不動産業者なんていうのは、
売主と買主の間を右往左往して
あっちをヨイショ、こっちを機嫌取り、という感じ。
狭間を揺れ動く海藻の如く、立場が弱い人たちです。
不動産登記を主業務としている司法書士は
お得意様の不動産業者から仕事を紹介してもらっていることが多いです。
不動産登記で食っている司法書士にとって
この仕事は"お得意様から振ってもらった案件"です。
なだめて透かして取引を成立させたい。波風立てずに終わらせたい。
基本的には"取引を成立させる"方向にインセンティブが働きます。
100%ガチガチの本人確認、というのは結構厄介で、
要するに「おたく、この不動産持ってるとか言ってるけど、
あんた本人じゃないでしょ?」と疑う行為です。
売主からすれば、俺が昔から持っている土地で、
俺は俺本人で、不動産が俺のものなのは当たり前で、
なんで赤の他人のお前に疑われなきゃならないの?という話。
下手な聞き方すると普通にキレられます。
結局、このようにアナログな本人確認制度を採用している限り、
地面師詐欺を撲滅するのは難しいのだと思います。
さて、地面師詐欺は大規模集団犯罪で被害額も大きく、
ドラマになるような派手なものですが、
これが手付金詐欺になると、手法としてはある意味お手軽です。
売買契約時、契約の証拠金として手付金を支払うのですが、
この時は司法書士の本人確認がありません。
そのため買主と仲介業者を騙せれば、
売買契約の手付金くらい持ち逃げできてしまうのでしょう。
犯罪教唆になりそうなので詳しくは書きませんが、
結局、本人確認書類を偽造されてしまうと我々は弱いのです。
ひとくちに不動産詐欺といっても様々で、
現実で多いのは高齢者を騙して投資不動産を買わせる業者です。
半認知症の高齢者を言いくるめて投資性の低い物件を買わせます。
完全な認知症とは言い切れないくらいの高齢者がターゲットで、
騙された高齢者の子供が訴訟しても、勝てることは少ないようです。
その他、地主絡みの犯罪としては、
詐欺師が大地主に近寄って仲良くなり
「どうしても金が必要だから
あなたの不動産を担保に金を借りさせて欲しい。
1ヶ月で返済してキレイに戻すから大丈夫」
などといって街金から借入した後バックレる、という手法。
融資詐欺ですね。
地面師詐欺でも、うまく法務局の手続きを通過して第三者に名義変更できたら
短い期間に転売・転売・転売・転売と繰り返し、
もはや元の所有者が取り戻せないようにする手法もあるそうな。
大規模犯罪だと、司法書士や弁護士がグルになっていたり、
中間に入っている買主業者がグルだったり、
一週回ってもはや地主本人がグルなケースもあるそうで、
なんだかもはや意味不明です。
実際、わけがわからない状態にして犯罪の実態を把握できないよう
グレーゾーンを広く作るのが詐欺集団の犯罪スキームです。
このような詐欺犯罪は不動産自価値が高い都心がターゲットですから、
地方郊外の我々にはあまり関係ないのですが、
親から駅近の賃貸マンションを所有している人なんかは、
2~3億円の不動産を所有していることがあります。
ことによると詐欺師のターゲットになるかもしれません。
リアルな現場では、たまーに怪しい売却相談があります。
"売主と俺は友人で、売主から頼まれた。売主には会わせられない"とか、
"親の不動産だけど娘が売ってもいいですか。親と話はできません"とか。
"別れた嫁名義の家に住んでいる。嫁は売っていいと言っている"と言って
いざ家に行ってみたら半グレっぽい集団の巣窟になっていたり。
全部お断りしましたが、真に受けていたら
私も犯罪に巻き込まれていたかもしれません。
詐欺というのは引っかかったら終わりです。
犯罪者は騙し取った金の行方をわからなくします。
金を取り返すべく民事訴訟を提起したところで、
犯罪者のもとに現金はありません。
支払い余力が無い犯罪者からは金を取り戻せません。
本当に巻き込まれ損で終わってしまいます。
犯罪は、ただ巻き込まれた人が損をするだけです。
"これ大丈夫なの?"ということがあったら、
ひとまず疑って立ち止まってみる。
怪しいなと思ったら、ひとまずやめてみる。
お金を支払わなければ損しませんので、
改めて気を付けてみてください。
※余談※
私が前々職(某コンサル)の職場にいたとき、当時の同僚から
「いいバイトがあるんですけど、やりませんか?」と誘われました。
「僕の先輩が投資をやって儲けているんですけど、
先輩は昔やらかして銀行口座が作れないから、
僕らが口座をつくって先輩に貸してあげるんです。
ひと月1~3万円くれる。わりのいいバイトですよ」
と言います。
当時は何のことやら?と思って断りましたけど、
たぶん詐欺の振込先に使われていますね。
これも犯罪に巻き込まれる入口でしょう。
お互い気を付けましょうね…同僚無事だろうか